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ペン読 漢詩丸わかり辞典

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漢詩丸わかり辞典

上古・『詩經』・『楚辭』

歌集・人物 概要 題名

上代歌謡 中国古代の歌謡。伝説上の聖帝尭の世に、ある老人が太平を謳歌して歌った歌。 撃壌歌
『詩經』唐風 中国最古の詩篇で、 もともと舞踊や楽曲を伴う歌謡であったと言われる。
各地の民謡を集めた「風(ふう)」、貴族や朝廷の公事・宴席などで奏した音楽の歌詞である「雅(が)」、朝廷の祭祀に用いた廟歌の歌詞である「頌(しょう)」の3つで構成される。
葛生
『詩經』周南 關雎
『詩經』周南 桃夭
『詩經』魏風 碩鼠
『楚辭・九歌』屈原 中国戦国時代の楚地方において謡われた詩をまとめたもの。
六言ないし七言で謡われ、元は民謡であり、その源流は巫の歌にあると言われている。
禮魂
『楚辭』屈原 漁父
歌集・人物 概要 題名

伯夷(はくい) (生没年不詳)
「史記-伯夷叔斉列伝」 伯夷と弟の叔斉は周の武王が殷の紂王を討伐しようとしたとき、それを不忠として諫めたが、聞き入れられなかった。天下が周に帰属すると、周の粟を食べるのを恥とし、首陽山で薇(ぜんまい)を採って食べながら暮らした。二人が餓死するときに「采薇歌」を作ったと言われる。
采薇歌

戦国・秦・漢

歌集・人物 概要 題名
歌集 楽府 漢詩の一形式で、古体詩の一種。その文体を楽府体(がふたい)ともいう。前漢の頃、民間歌謡の採集のため楽府という音楽官署が設立されたが、楽府において集められた歌謡そのものを指す言葉となった。 薤露歌
蒿里曲
長歌行
無名氏 古詩とは前漢から後漢(ごかん)にかけて成立した五言詩の代表的な作品を集めたもので、一部を除き、ほとんどは後漢の時期の作品と推定される。「古詩」はこの場合、作者不詳の古い詩の意。別離や不遇あるいは人間の短命など、人生の悲しみや不満を歌う叙情的なもので、民衆の共通感覚を反映する詩である。 古詩十九首之一
古詩十九首之二
古詩十九首之十一
古詩十九首之十三
古詩十九首之十四
歌集・人物 概要 題名
人物 荊軻(けい か) (? – 前227年)
中国戦国時代末期の刺客。燕の太子の命を受け、策略を用いて秦王の政(後の始皇帝)を暗殺しようとするが、失敗し逆に殺された。
易水歌
項羽(こうう) (前232年 – 前202年)
秦末期の楚の武将。
垓下歌
虞美人(ぐびじん) (? – 前202年?)
秦末から楚漢戦争期の女性で項羽の愛人。
正確な名前ははっきりしていない。
虞美人歌
高祖(劉邦)
(こうそ・りゅうほう)
(前256/247年-前195年)
前漢の初代皇帝。 劉邦が築いた漢帝国は、その後、400年も続き、漢字、漢語、などはこの時代に使われ始めたと言われている。劉邦が皇帝になり初めて故郷沛県に立ち寄った際、吟じた漢詩が「大風歌」である。
大風歌
武帝(劉徹)
(ぶてい・りゅうてつ)
(前156年 – 前87年)
前漢の第7代皇帝。
秋風辭
卓文君(たくぶんくん) (生没年不詳)
司馬相如との熱烈な恋愛で知られ、中国史上もっとも愛に忠実な女性だったと言われている。
白頭吟
蘇武(そぶ) (前140年頃? ? 前60年)
中国・前漢時代の人。武帝のときの紀元前100年、中郎将として、漢に拘留された匈奴の使者の返還のため匈奴に赴いた。匈奴は彼を屈服させようとしたが、これを拒否したため穴倉に幽閉され、19年後両国和親によりやっと帰国が実現した。死後、麒麟(きりん)閣にその像が描かれ、彼の節を貫き通した行動が後世の模範とされた。
詩(留別妻一首)
李延年(りえんねん) (生没年不詳)
前漢の人。漢の武帝に仕えた楽人。
妹は武帝の寵姫李夫人だが彼女の死後李延年への寵愛も衰え、武帝は李延年や兄弟、宗族を誅殺した。
烏孫公主(劉細君)
(うそんこうしゅ・りゅうさいくん)
(生没年不詳)
前漢の人で武帝の従孫。和睦のため、西域の烏孫国に嫁した。烏孫(うそん)は、紀元前3世紀頃から6世紀頃にかけて、中央アジア東部に存在した遊牧国家。
悲愁歌
王昭君(おうしょうくん) (生没年不詳)
楊貴妃・西施・貂蝉と並ぶ古代中国四大美人の一人に数えられる。
『西京雑記』によると、元帝は匈奴へ贈る女性として宮女の似顔絵帳の中の一番醜い女性を選ぶことにした。王昭君は似顔絵師であった毛延寿に賄賂を贈らなかったため一番醜く描かれて、匈奴への嫁として選ばれた。皇帝に別れを告げるための式で王昭君を初めて見た元帝は王昭君の美しさに目を奪われたが、匈奴との関係悪化を恐れ、渋々送り出したと言われる。
怨詩
班?妤(はんしょうよ) (生没年不詳)
中国・前漢成帝の愛人。成帝の寵愛を得たが、後に趙飛燕に愛顧を奪われ、大后を長信宮に供養することを理由に退いた。失寵した女性の象徴として、詩の主題にあつかわれることが多い。
怨歌行
蔡?(さいよう) (132/133年 – 192年)
後漢代の政治家、儒者、書家。
清廉潔白な人物で、宦官に嫌われて官職を追われたこともある。董卓が後漢王朝の実権を掌握したとき、董卓に気に入られ侍御史治中、尚書、侍中、左中郎将と異例の昇進をした。彼は歴史家でもあり、後世に評価される史書をいくつも書き残している。王允が董卓を誅殺したとき、その死を惜しんだため、それを怒った王允によって殺害されたという。
翠鳥
張角(ちょうかく) (? – 184年)
太平道の教祖。自らを大賢良師(太平道人、天公将軍など)と称し、太平道の信者を集め、後漢末(184年)に「蒼天(後漢)已死 黄天(太平道)當立 」というスローガンを掲げ、弟の張宝、張梁らと共に後漢に反旗を翻した。
蒼天已死

魏晋南北朝

歌集・人物 概要 題名
人物 武帝(曹操)
(ぶてい・そうそう)
(155年 – 220年)
中国後漢末の武将、政治家、詩人、兵法家。後漢の丞相・魏王で、三国時代の魏の基礎を作った。建安文学の担い手の一人であり、子の曹丕・曹植と合わせて「三曹」と称される。現存する彼の詩作品は多くないが、そこには民衆や兵士の困苦を憐れむ気持ちや、乱世平定への気概が感じられる。表現自体は簡潔なものが多いが、スケールが大きく大望を望んだ文体が特徴である。
短歌行
蒿里行
蔡?(さいえん) (177年? – 239年?)
中国後漢末から魏初の詩人。父は蔡?。才女のほまれ高く音律に通じ、また数奇な運命でも知られる。195年、董卓の残党によって乱が起こると、匈奴の騎馬兵に拉致され、南匈奴の左賢王劉豹に側室として留め置かれることになった。そこで左賢王との間に二子をもうけたが蔡?の後継者が居ないことを惜しんだ曹操が、身代金として財宝を支払うことによって帰国した。その後、同郷出身の董祀に嫁ぎ、失われた父の蔵書のうち蔡?の暗記していたものを復元している。
悲憤詩
王粲(おうさん) (177年 – 217年)
中国、後漢末の文学者・学者・政治家。文人として名を残し、建安の七子の一人に数えられる。
六十編に近い詩・賦・論・議を著した。代表作として「登楼賦」「七哀詩」などがある。また歴史書『英雄記』も編纂している。
曹植とも親交が深く、「王仲宣誄」は曹植の誄銘の中でも特に心情が溢れた名作と評される。
七哀詩
文帝(曹丕)
(ぶんてい・そうひ)
(187年 – 226年)
三国志で有名な曹操と卞氏(べんし)との長子として生まれ、8歳で巧みに文章を書き、騎射や剣術を得意とした。作風は概して繊細優美で、剛直な気風が多い曹植の作品としばしば比較される。
寡婦
曹植
(そうち・そうしょく)
(192年-232年)
中国後漢末 – 三国魏の皇族。三国志で有名な曹操の子で、また魏の文帝である曹丕の弟。権力争いから「七歩のうちに詩を作らねば殺す」と兄の曹丕に脅され、曹植が兄弟のいがみ合いを嘆いて作った詩がこの七歩の詩である。
七歩詩
阮籍(げんせき) (210年 – 263年)
父は建安七子の一人である阮?。自身も竹林の七賢の指導者的人物である。
歩兵校尉の役所に酒が大量に貯蔵されていると聞いて、希望してその職になり、竹林の七賢の一人の劉伶と酒を飲んでいた。
カイ
左思(さし) (生没年不明)
中国西晋の文学者。寒門の出身の上、容貌は醜くどもりであったが、学問に励み文章に巧みであった。
魏呉蜀三国の首都を題材にした「三都賦」の執筆を10年の歳月をかけて完成させた。完成当初は世人の批判を浴びたが、当時の文壇の大御所である張華が激賞し、名士の皇甫謐が序文を書くと、「三都賦」の名声は大いに高まり、以前批判した者たちも手のひらを返して褒め称えたという。人々が争って「三都賦」を筆写したため、洛陽城内の紙の値段が高騰したという逸話は、後に「洛陽の紙価を高からしむ」の故事となった。
詠史詩
陶淵明(とうえんめい) (365年 – 427年)
中国魏晋南北朝時代、東晋末から南朝宋の文学者。郷里の田園に隠遁後、自ら農作業に従事しつつ、日常生活に即した詩文を多く残し、後世「隠逸詩人」「田園詩人」と呼ばれる。
歸去來辭
歸園田居 五首其一
歸園田居 五首其二
飲酒 二十首其一
桃花源詩
雜詩 十二首其一
挽歌詩 其一
謝霊運(しゃれいうん) (385年 – 433年)
中国東晋・南朝宋の詩人・文学者。魏晋南北朝時代を代表する詩人で、山水を詠じた詩が名高く、「山水詩」の祖とされる。六朝時代を代表する門閥貴族である謝氏の出身で、祖父の謝玄は?水の戦いで前秦の苻堅の大軍を撃破した東晋の名将。祖父の爵位である康楽公を継いだため、後世では謝康楽とも呼ばれる。聡明で様々な才能に恵まれたが性格は傲慢で、大貴族出身だったことも災いし後に刑死した。
東陽谿中贈答
鮑照(ほうしょう) (414年? – 466年)
宋の文帝の元嘉年間を代表する詩人として、同時期に活躍した謝霊運・顔延之と併称して「元嘉三大家」の1人に数えられる。
現存する詩は241首と六朝時代の詩人としては比較的多く残っている。楽府詩を得意とし、それに仮託して寒門出身ゆえの人生の不遇や艱難を詠う内容が多い。典故にもとづいた旧来の表現に拘泥せず、好んで新奇な語を用い、風景や自らの感慨を力強くダイナミックな調子で詠う作風が特徴である。
擬行路難
代出自薊北門行
謝?(しゃちょう) (464年 – 499年)
中国 南北朝時代、南斉の詩人。現存する詩は200首余り、その内容は代表作とされる山水詩のほか、花鳥風月や器物を詠じた詠物詩、友人・同僚との唱和・離別の詩、楽府詩などが大半を占める。
遊東田
玉階怨
斛律金(こくりつきん) (488年 – 567年)
中国の東魏・北斉の軍人。騎射を得意とし、用兵は匈奴の法を学び、塵を見て敵軍の数を知り、地を嗅いで敵軍の遠近を知ったと言われる。
?勒歌
薛道衡(せつどうこう) (540年 – 609年)
中国南北朝時代および隋の文学者。北朝および隋を代表する文学者で「一代の文宗」と称えられたが、煬帝にその文才をねたまれ処刑された。
人日思歸

初唐

歌集・人物 概要 題名
人物 魏徴(ぎちょう) (580年 – 643年)
唐の政治家。癇癪を起こした太宗に直諫(じかに諫言)することで有名であり、魏徴死亡時太宗は非常に哀しんだという。
述懐
上官儀(じょうかんぎ) (608?年 – 665年)
文才があり、五言詩をもっとも得意とし、多くは命を受けて作り献上した。詞句は婉麗にしてたくみで整っており、士大夫に模倣されて上官体と称された。皇后であった則天武后を廃そうと高宗に建議したことにより、則天武后(武則天)の怨みを買い、後に梁王・李忠の「謀反」事件に関連させられ、獄死した。
入朝洛堤歩月
上官婉兒(じょうかんえんじ) (664年 – 710年)
唐代の女官。上官儀の孫で才媛。後に、政変のため殺された。
綵書怨
王勃(おうぼつ) (650年 – 676年)
唐代初期の詩人。「初唐の四傑」の一人。
王勃の作品には、南朝の遺風を残しながら、盛唐の詩を予感させる新鮮自由な発想が見られる。
?王閣
蜀中九日
劉廷芝(劉希夷)
(りゅうていし・りゅうきい)
(651年- 679年)
初唐の頃の詩人。「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」で有名な詩「代悲白頭翁」が代表作。
代悲白頭翁(白頭吟)
公子行
駱賓王(らくひんおう) (640年? – 684年?)
唐代の詩人。「初唐の四傑」の一人。7歳からよく詩を賦し、成長してからは五言律詩にその妙を得た。特にその「帝京篇」は古今の絶唱とされる。好んで数字を用いて対句を作るので「算博士」の俗称がある。
易水送別
詠鵞
陳子昴(ちんすごう) (661年 – 702年)
初唐の詩人。六朝期の華美さを脱して漢代の建安文学にみられるような堅固さを理想とする詩を作り、盛唐の質実な詩の礎を築いた。
登幽州臺歌
沈?期(しんせんき) (656年? – 716年?)
初唐の文学者。宋之問とともに則天武后の宮廷詩人として活躍し、「沈宋」と併称され、近体詩の律詩の詩型を確立した。
?山
張若虚(ちょうじゃくきょ) (生没年不詳)
初唐の詩人。賀知章、張旭、包融とともに「呉中の四士」と称された。
春江花月夜
王翰(おうかん) (687年 – 726年)
盛唐の詩人。酒をこよなく愛し、酒を題材にした作品が多く見られる。
涼州詞
古長城吟(飮馬長城窟行)
蘇?(そてい) (670年 – 727年)
唐代の詩人。
汾上驚秋
張説(ちょうえつ) (667年 – 730年)
唐代の政治家。
蜀道後期
幽州新歳作
張九齢(ちょうきゅうれい) (678年 – 740年)
唐代中期の政治家・詩人。
陳子昂の詩と並んで「神味超逸」の風があり、阮籍の「詠懐詩」の流れをくむ「感遇詩」12種の連作が有名。著作に『張曲江集』20巻がある。
照鏡見白髪

盛唐

歌集・人物 概要 題名
人物 王之渙(おうしかん) (688年- 742年)
残る詩は少なく、『全唐詩』にわずか6首を残すのみであるが、王翰(おうかん)と並んで、当時の流行歌の歌詞作者として知られていた。彼が一首詩を作ると、楽工たちが争ってそれに曲をつけたという。
登鸛雀樓
涼州詞
孟浩然(もうこうねん) (689年 – 740年)
盛唐の詩人。王維とともに「王孟」と並称され、山水自然派の詩人として知られるが、王維が自然の静的な面を客観的に歌うのに比して、より主観的に、自然を人間に親しいものとしてとらえる傾向を持つ。「春眠暁(あかつき)を覚えず」など、日本でも著名な作品が多い。
春暁
望洞庭湖贈張丞相
賀知章(がちしょう) (659年 – 744年)
唐代の詩人、書家。詩人として有名であるが、狂草で有名な張旭と交わり、草書も得意としていた。酒を好み、酒席で感興の趣くままに詩文を作り、紙のあるに任せて大書したことから、杜甫の詩『飲中八仙歌』では八仙の筆頭に挙げられている。李白とも交友があった。
回鄕偶書
崔顥(さいこう) (? – 754年)
盛唐の詩人。
若い頃は軽薄で浮艶な詩を詠んだが、晩年は気骨に富む作風へ変わった。
代表作の「黄鶴楼」は唐代七言律詩の最高峰として評価され、後に李白が黄鶴楼に登ったとき、楼壁に書かれたこの詩を読み、「これ以上の詩は作れない」と言ったと伝えられている。
黄鶴樓
雁門胡人歌
王昌齢(おうしょうれい) (698年 – 765年?)
唐代中期の詩人。当時は「詩家の天子」とも呼ばれた。辺塞詩に佳作が多いとされる。閨怨詩・送別詩にも詩才を発揮した。
出塞(従軍行)
塞下曲
従軍行
閨怨
王維(おうい) (699/701年 – 759/761年)
唐朝の最盛期である盛唐の高級官僚で、時代を代表する詩人。同時代の詩人李白が「詩仙」、杜甫が「詩聖」と呼ばれるのに対し、その典雅静謐な詩風から「詩仏」と呼ばれ、南朝より続く自然詩を大成させた。
送元二使安西
九月九日憶山東兄弟
送別
竹里舘
鹿柴
相思
雜詩
少年行
送祕書晁監還日本國
班?妤
歎白髪
答張五弟
山居秋瞑
送別
少年行
凝碧詩
裴迪(はいてき) (生没年不詳)
五代後梁の武将。
送崔九
楊貴妃(楊玉環)
(ようきひ・ようぎょくかん)
(719年 – 756年)
古代中国四大美女(楊貴妃・西施・王昭君・貂蝉)の一人とされ、現代でも世界三大美女の一人とされている。
阿那曲
高適(こうせき) (生年不詳 – 765年)
唐代の詩人。
別董大
燕歌行
塞上聞吹笛
李白(りはく) (701年 – 762年)
盛唐の詩人。
奔放で変幻自在な詩風から、後世「詩仙」と称される。
李白の詩は、漢魏六朝以来の詩歌の世界を集大成したものとされる。「蜀道難」「将進酒」「廬山の瀑布を望む」「横江詞」などに見るダイナミックでスケールの大きい豪放さ、「玉階怨」「静夜思」の清澄で繊細な世界、「山中にて俗人に答ふ」「月下独酌」「山中にて幽人と対酌す」などに見える飄逸で超俗的な雰囲気など、詩の内容は多彩で変化に富んでいるが、総じて変幻自在で鮮烈な印象をもたらす点が特徴的である。
早發白帝城
?鶴樓孟浩然之廣陵
山中問答
客中行
靜夜思
把酒問月
蘇臺覧古
越中覧古
秋浦歌
春夜宴桃季園
玉階怨
清平調詩三首其一、二、三
春夜洛城聞笛
望廬山瀑布
山中與幽人對酌
月下獨酌
對酒憶賀監
戰城南
労労亭
楊叛兒
子夜呉歌
與史郎中欽聴黄鶴樓上吹笛
送友人
獨坐敬亭山
將進酒
聞王昌齢左遷龍標遙有此寄
少年行
春日醉起言志
春思
望天門山
哭晁卿衡
鳥夜啼
贈汪倫
峨眉山月歌
贈韋侍御黄裳
宣州謝?樓餞別校書叔雲
憶東山
塞下曲
紫藤樹
江上吟
三五七言
自遣
永王東巡歌其一、二
怨情
夏日山中
登金陵鳳凰臺
?水曲
上皇西巡南京歌 十首其四、十
妾薄命
望廬山五老峯
関山月
宿五松山下荀媼家
古風五十九首其十一
菩薩蛮
杜陵絶句
遊洞庭湖
秋下荊門
襄陽歌
杜甫(とほ) (712年 – 770年)
盛唐の詩人。杜少陵、杜工部とも呼ばれる。律詩の表現を大成させた人物。詩人として最高位の呼称「詩聖」と呼ばれ、李白と並び称される。
絶句
春望
月夜
諸將五首其二
江南逢李龜年
曲江 二首其一
曲江 二首其二
解悶
貧交行
蜀相
登岳陽樓
秦州雜詩二十首其三
絶句漫興
可惜
兵車行
石壕吏
麗人行
詠懷古跡
哀江頭
復愁
登高
乾元中寓居同谷縣作歌
春夜喜雨
旅夜書懷
望嶽
江陵望幸
登樓
?州歌十絶句之五
江村
閣夜
恨別
戲爲六絶句 其二
岑參(しんじん) (715年 – 770年)
盛唐の詩人。名門に生まれ、進士に及第しながら辺境での勲功を志し、長く辺塞に従軍した。
碩中作
西過渭州見渭水思秦川
胡笳歌送顏真卿使赴河隴

中唐

歌集・人物 概要 題名
人物 劉長卿(りゅうちょうけい) (生没年不詳)
中唐・天宝年間(742年 – 755年)の進士。晩年、随州(湖北省)刺史となったことから「劉随州」と呼ばれる。剛直で傲慢なところがあり、詩を書き付ける際に知名度を自負して「長卿」とだけ署名したといわれている。権力者に逆らって二度左遷された。五言詩に優れ、「五言の長城」と称される。
送靈澈
逢雪宿芙蓉山主人
韋應物(いおうぶつ) (736年 – 791年?)
中唐の詩人。自然を詠う詩に巧みで、特に自然の静けさや穏やかさを主題とする作品に秀でている。盛唐の王維や孟浩然を受け継ぐとされ、柳宗元とともに「王孟韋柳」と並称される。
?州西澗
秋夜寄丘二十二員外
孟郊(もうこう) (751年 – 814年)
中唐の詩人。狷介不羈(けんかいふき)で人嫌いのために、若い頃は河南省嵩山に隠れていた。50歳のときに三度目で進士に及第したが生涯不遇であった。困窮・怨恨・憂愁を主題とした詩が多い。
游子吟
李賀(りが) (791年 – 817年)
中唐の詩人。その祖は唐高祖李淵の叔父の大鄭孝王李亮だといわれている。伝統にとらわれない幻想的な詩で、鬼才と称された。一般に優れた才能を持つ人を「鬼才」と呼ぶが、漢詩の世界では李賀のみを指す語として用いられる。
雁門太守行
蘇小小墓
柳宗元(りゅうそうげん) (773年 – 819年)
中唐の文学者、政治家。新進気鋭の官僚として藍田の警察官僚や監察御史等を歴任。しかし政争に破れ、中央への復帰を果たせぬまま47歳で没した。簡潔な表現の中に枯れた味わいを醸し出す自然詩を得意とした。唐代の同じ傾向を持つ詩人、王維・孟浩然・韋應物とともに「王孟韋柳」と並称された。その作品には政治上の不満ないし悲哀が色濃くにじみ、都を遠く離れた僻地の自然美を詠いながらも、どこか山水への感動に徹しきれない独自の傾向がある。
江雪
與浩初上人同看山寄京華親故
漁翁
白居易(はくきょい) (772年 – 846年)
中唐の詩人。多作で、現存する文集は71巻、詩と文の総数は約3,800首と唐代の詩人の中でも最多を誇り、詩の内容も多彩である。若い頃は「新楽府運動」を展開し、社会や政治の実相を批判する「諷喩詩(風諭詩)」を多作。しかし、江州司馬左遷後は、諷喩詩はほとんど作らなくなり、日常のささやかな喜びを主題とする「閑適詩」の制作に重点を置くようになった。『長恨歌』『琵琶行』といった感傷詩も有名である。
聞夜砧
長恨歌
感月悲逝者
對酒
訪陶公舊宅
遊趙村杏花
想歸田園
餘杭形勝
逢舊
代鄰叟言懷
長安道
舟中讀元九詩
初貶官過望秦嶺
楊柳枝 其四
勸夢得酒
新豐折臂翁
賣炭翁
村夜
商山路有感
見元九悼亡詩因以此寄
送春
病中哭金鑾子
念金鑾子
靈巖寺
梨園弟子
春題湖上
杪秋獨夜
商山路有感
花非花
燕詩示劉叟
洛陽春
魏王堤
臨水坐
杏園花落時招錢員外同醉
戲答諸少年
勤政樓西老柳
晩秋閒居
竹枝(二首)
春夜宿直
禁中夜作書與元九
對酒
三月三十日題慈恩寺
三月三十日作
賦得古原草送別
大林寺桃花
問劉十九
劉十九同宿
雨夜憶元九
憶江南 其一
憶江南 其二
憶江南 其三

晩唐

歌集・人物 概要 題名
人物 杜牧(とぼく) (803年 – 853年)
晩唐の詩人。晩唐の繊細な技巧的風潮を排し、平明で豪放な詩を作った。風流詩と詠史、時事諷詠を得意とし、七言絶句に優れた作品が多い。杜甫の「老杜」に対し「小杜」と呼ばれ、同時代の李商隱とともに「晩唐の李杜」とも並称される。
江南春
泊秦淮
山行
淸明
遣懷
贈別二首 其一
贈別二首 其二
歎花
赤壁
題烏江亭
寄揚州韓綽判官
李商隱(りしょういん) (812年 – 858年)
晩唐の政治家、詩人。その唯美的で妖艶な詩風は高く評価されて多くの追随者を生み、北宋初期に一大流行を見る「西崑体」の祖となった。
登樂遊原
錦瑟
温庭?(おんていいん) (812年 – 870年?)
晩唐の唯美詩人。優れた詩才を持ちながらも、あえて自ら酒色や賭博などに身を持ち崩し、ついに科挙に合格できなかった。
渭上題
菩薩蠻
楊柳枝
黄巣(こうそう) (? – 884年)
唐の反乱指導者。唐に対して反乱を起こし、事実上唐を滅亡させた。反乱への意気込みを詠っている詩が多い。
題菊花
詠菊
皮日休(ひじつきゅう) (830年? – 883年)
晩唐の詩人、革命的社会派の学者。貧しい家に生まれたが、進士に及第し、治安判事、著作郎、太常博士などを歴任した。故郷に近い鹿門山に籠居し、酒と詩を友とする生活を送っていた。黄巣軍が首都長安を占拠すると、翰林学士としてその政府に加わったが、後に疑われて殺害された。
?河懷古
貫休(かんきゅう) (832年 – 912年)
唐末~五代の僧。禅月大師と号し、詩名高く、書に優れ、道釈画を描いた。特に羅漢画で知られている。
春晩書山家屋壁

五代十国

歌集・人物 概要 題名
人物 馮延巳(ふうえんし) (903年 – 960年)
十国・南唐の詞人。南唐の中主李に書記として仕えた後、宰相に至った。政治家としてはあまり高く評価されず、専ら詞人として有名である。
謁金門
鵲踏枝
南唐中主・李璟(りけい) (915年 – 961年)
十国・南唐の第2代皇帝。政治面よりも文化面で名を残しており、詩や書に優れていた。特に『小楼吹徹玉笙寒』は不朽の名句であり、次代の李煜(りいく)の作品とともに『南唐二主詞』に収録されている。
浣溪沙
南唐後主・李煜(りいく) (937年 – 978年)
十国・南唐の末代皇帝。君主としての政治的能力よりも、文学的・芸術的な才能の方がはるかに優れていた。特に韻文の一種で、勃興しつつあったジャンルである「詞」を大成した人物として知られる。
虞美人
烏夜啼
浪淘沙
菩薩蠻
馮道(ふうどう) (882年 – 954年)
五代十国の政治家。五朝八姓十一君に仕えた。後世では無節操、恥知らず者の代表といわれることが多いが、当時の人々からは大いに尊敬され、「寛厚の長者」と評された。
天道

北宋

歌集・人物 概要 題名
人物 林逋(りんぽ) (967年 – 1028年)
北宋の詩人。西湖の孤山に隠棲し、20年間市街に足を踏み入れず、一生を独身で通し、鶴を飼い、梅を賞して過ごした。
山園小梅
秋江寫望
相思令
柳永(りゅうえい) (987年? – 1053年?)
北宋の専業詞人。北宋の初期、それまで文人が余技として片手間に作っていた民間の流行り小唄(詞)を専門的に手がけ、文学的完成度の高い作品に仕上げた功労者である。
八聲甘州
少年遊
晏殊(あんしゅ) (991年 – 1055年)
北宋中期の政治家、文人。人材の育成に努め、五代以来廃れていた学校を復興。彼の門下からは范仲淹、欧陽脩ら多数の秀才を輩出した。
浣溪沙
淸平樂
司馬光(しばこう) (1019年 – 1086年)
宋代の儒学者、歴史家、政治家。1066年に勅命を受けて撰述を開始し、84年に完成させた『資治通鑑』(歴代名臣事跡)294巻が有名。司馬遷と並ぶ歴史家として知られている。
居洛初夏作
王安石(おうあんせき) (1021年 – 1086年)
北宋の政治家。新法党のリーダー。神宗の政治顧問となり、政治改革に乗り出したが、その政策は地主・豪商・皇族・官僚など特権階級の利害と衝突し、猛烈な反対を受けた(反対派の急先鋒は旧法党の司馬光)。文章家としても有名で、仁宗に上奏した『万言書』は名文として称えられ、唐宋八大家の一人に数えられる。
泊船瓜洲
鍾山即事
蘇軾(そしょく) (1036年 – 1101年)
北宋の政治家、文学者。進士として地方官を歴任後、英宗の時代に中央に入る。しかし、次代の神宗期に王安石の新法に反対して左遷された。書家としても知られており、米?・黄庭堅・蔡襄とともに「宋の四大家」と称される。
春夜
飮湖上初晴後雨
六月二十七日望湖樓醉書
念奴嬌 赤壁懷古
水調歌頭
宋江(そうこう) (生没年不詳)
北宋末期の1121年に現在の山東省近辺で反乱を起こした人物。中国の四大奇書のひとつである『水滸伝』は、この反乱事件をもとに書かれたといわれ、小説内では宋江が主人公となっている。
西江月

南宋

金

歌集・人物 概要 題名
人物 海陵王・完顏亮(かんがんりょう) (1122年 – 1161年)
金の第四代皇帝の漢名。女真名は迪古乃。金・太祖完顔阿骨打の孫で、南宋と対峙した東満、南満、華北、華中の淮河以北にあった女真族(靺鞨・後の満洲民族)の金国(金朝)の皇帝。部下によって殺された。
呉山
元好問(げんこうもん) (1190年 – 1257年)
金末の詩人。南北朝時代の北魏の孝文帝の末裔といわれる。7歳のときに初めて作った詩が高く評価され、神童とまで称された。その後も詩作を続け、その名声は金から南宋にまで広まったといわれている。
岐陽
癸巳五月三日北渡三首其一

元

歌集・人物 概要 題名
人物 馬致遠(ばちえん) (生没年不詳)
元代の戯曲作家。雑劇作品を数多く執筆した。中年になってようやく地方官の職を得て江南に赴き、50歳を過ぎて引退したが、晩年もなお創作活動を続けていた。
〔越調〕天淨沙 秋思

明

歌集・人物 概要 題名
人物 太祖・朱元璋(しゅげんしょう) (1328年 – 1398年)
明の初代皇帝。貧しい身分から身を起こし、重農政策を採ったが、後に「文字の獄」などで文人や家臣を数多く処刑した。
無題
千里為重
高啓(こうけい) (1336年 – 1374年)
明初の詩人。幼少より神童と呼ばれ、「書は読まざるなし」といわれたほどの博学で知られた。約2,000首の詩を作ったといわれている。一時、太祖に仕えていたが辞し、蘇州郊外の青邱に戻り在野の詩人として活躍した。しかし、太祖を諷刺した詩や、友人で蘇州知事でもあった魏観のために書いた文章が禍して腰斬の刑に処せられた。
尋胡隱君
于謙(うけん) (1398年 – 1457年)
進士出身の明の政治家。土木の変で明の皇帝英宗がオイラト部のエセンに捕らえられると、英宗の弟の景泰帝を擁立し、北京に迫ったエセンの軍を撃退した。
石灰吟
方孝孺(ほうこうじゅ) (1357年 – 1402年)
明初の儒学者。才能豊かで建文帝から重用された。その恩を忘れず、次代の永楽帝の怒りを買って処刑された。
閑居感懷
文嘉(ぶんか) (1501年 – 1583年)
明の書家、画家、文人。明代四大家のひとりである文徴明の次男であり、山水画を得意とした。石刻は明代の第一といわれ、また書画や器物の鑑定家としても活躍した。
明日歌
王陽明(おうようめい) (1472年 – 1529年)
明の儒学者、思想家。朱子学を批判的に継承し、学問のみで理に到達することはできないとし、仕事や日常生活の中での実践を通して心に理を求める「実践儒学陽明学」を起こした。
睡起偶成
海瑞(かいずい) (1514年 – 1587年)
明の官僚。時の嘉靖帝に対して激しい直諫を行って投獄された。清廉潔白な官僚として評価されている。
廣州西樵山蒼頡祠
劉基(りゅうき) (1311年 – 1375年)
元末~明初の政治家、詩人、軍師。朱元璋に仕えて明を建国する際に大きな功績を上げ、その後の明を安定させることに尽力した。また、宋濂と並んで文筆家としても名を馳せ、その著書として『郁離子』十巻、『覆?集』二十四巻、『写情集』四巻、『犁眉公集』五巻を後世に残す。
絶句

清・近現代

歌集・人物 概要 題名
人物 呉偉業(ごいぎょう) (1609年 – 1671年)
明末~清初の詩人。その詩は、初唐の華麗な作風に倣って才気にあふれ、亡国の悲劇を経験してからは作風に悲壮美を加えるようになった。動乱を詠んだ哀切なる史詩が多い。銭謙益、鼎孳とともに「江左の三大家」と称される。
遇南廂園叟感賦八十韻
虞兮
顧炎武(こえんぶ) (1613年 – 1682年)
明末~清初の儒学者。明の滅亡に際して反清運動に参加した。旧来の観念論的な性理学や心学を批判し、同時代の資料を重視する実証的な経書研究法を樹立。考証学の開祖ともいわれている。
海上
和?(かしん) (1750年 – 1799年)
清の政治家。乾隆帝、嘉慶帝の二帝に仕えた。軍機大臣として専横の限りを尽くし、莫大な財産を残したことでも知られている。
絶命詩
洪秀全(こうしゅうぜん) (1814年 – 1864年)
清の宗教家、革命家。キリスト教を基にした宗教教団「拝上帝会」を興し、天王を自称。南京を首都として清に反旗を翻し、国号を太平天国とした(太平天国の乱)。
吟劍詩
譚嗣同(たんしどう) (1865年 – 1898年)
清末の改革主義者、民族主義者、哲学者。戊戌変法に参加したが、戊戌政変に遭遇して捕らえられ、33歳の若さで刑死した。
夜泊
張之洞(ちょうしどう) (1837年 – 1909年)
清末の政治家。洋務派官僚として重要な役割を果たした。曽国藩、李鴻章、左宗棠と並び「四大名臣」とも称される。近年になって改めて評価され、2006年には張之洞記念館が設立された。
四月下旬過崇效寺訪牡丹花已殘損
黄遵憲(こうじゅんけん) (1848年 – 1905年)
清末の詩人、外交官、政治改革者。知日家であり、清末を代表する詩人としても知られる。
贈梁任父同年
孫文(そんぶん) (1866年 – 1925年)
清末~民初の政治家、革命家。初代中華民国臨時大総統。辛亥革命を起こした「中国革命の父」として知られる。
無題(半壁東南三楚雄)
梁啓超(りょうけいちょう) (1873年 – 1929年)
清末~民初の政治家、ジャーナリスト、歴史学者。戊戌の変法に失敗、日本に亡命したが、辛亥革命後に帰国し政界活動を再開した。
讀陸放翁集
秋瑾(しゅうきん) (1875年 – 1907年)
清末の女性革命家、詩人。18歳のときに結婚したが、義和団運動に発憤して家庭を捨てて、日本に留学し、反清革命運動に身を投じた。1905年、日本政府が出した「清国留学生取締規則」に憤激し、留学を打ち切って帰国。その後も革命運動を続けたが処刑された。
對酒
魯迅(ろじん) (1881年 – 1936年)
民国の小説家、翻訳家、思想家。代表作に『阿Q正伝』、『狂人日記』など。日本に留学して医学を志したが、後に文学に転じた。
自嘲
老舎(ろうしゃ) (1899年 – 1966年)
民国~中華人民共和国の小説家、劇作家。北京の町と人々をこよなく愛し、「北京之花」「人民芸術家」「語言大師」と称された。代表作に小説『駱駝祥子』『四世同堂』、戯曲『龍鬚溝』『茶館』などがある。
琵琶湖遠望
毛沢東(もうたくとう) (1893年 – 1976年)
中華人民共和国の政治家、軍人、思想家。中国共産党の創立党員であり、中華人民共和国の建国の父とされている。
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